労務・人材活性化

通勤中の事故…事業所に「責任」はあるのか?

経営VOL.149

先日、会員であるNクリニックの院長先生より『交通の便が悪いスタッフから、マイカー通勤を認めて欲しいという申し出がありましたが、もし事故を起こした場合、こちらにも色々な責任を問われるのではと非常に不安で…。他院さんではどのようにされているのでしょうか?』というご相談がありました。

通勤の手段としてマイカーや原付、自転車等を利用すると、徒歩や公共交通機関を利用した場合に比べ「事故のリスク」が高くなることは間違いありません(リスクを負わないように、マイカー通勤を禁止しているクリニックさんも少なくありません)。スタッフさんがケガをされることもあるでしょうし、誰かにケガをさせてしまう可能性もありますし、また、万が一の場合、「事故の当事者同士だけで解決する話なのか?」という点も心配ですし、院長先生が不安に思われるのも当然でしょう。

今回、Nクリニックの院長先生からのご相談を機に、数名の先生方に「通勤についてのリスクを把握しているかどうか」をお聞きしたところ、マイカーだけでなく、自転車や原付での通勤を許可しているものの、具体的なリスクについては何となく気にはなっているが実は知らない…、というご回答が多かったので、これを機に、今号にてNクリニックの院長先生からのご相談に答える形で、通勤についての具体的なリスクやその対策についてお話しをさせて頂きたいと思います。

【通勤途中にケガをした…労災になる?ならない?】
まず、基本的なところからですが、通勤時間は事業所の指揮命令下にないため、労働時間には当たらないとされていますが、通勤の途中でケガをした場合は労働時間ではないものの『通勤災害』となり、労災保険の対象となります。

『通勤災害』とは、労働者が通勤により被った傷病、傷害または死亡を指し、「通勤」とは、就業場所まで以下のような移動を合理的な経路及び方法により行うことをいいます。

( 1 )  住居と就業場所との間の往復

( 2 )  就業場所から他の就業場所への移動

( 3 )  住居と就業場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動

解説しますと、(1)は自宅と勤務先の往復で、(2)は、たとえば、本院から分院への移動等、勤務先が複数ある場合、(3)は、たとえば親の介護のために、親の家に寄ってから出勤したり、逆に親の家に寄った後に帰宅するという場合です。

要は、これらの移動を「通勤」と呼び、この範疇に於いて(ここは非常に重要です)事故等の被害に遭ってケガなどをした場合に「通勤災害」として認められるということなのです。

【寄り道をすれば認められない…例外はないのですか?】
先述の通り、「通勤」範疇での災害は認められますが、「寄り道」をした場合は…、やはり認められません
帰りに同僚と食事をした、ジムに寄った等々の用事は、移動経路の『逸脱』または移動の『中断』とみなされ、その後、通勤経路で帰ったとしても通勤とは認められないのです。

但し、日常生活上、必要な行為を最小限度の範囲で行う場合(たとえばスーパーに寄り日用品を買った場合や病院を受診した場合等)は、逸脱・中断の後に合理的な通勤経路に復帰した後の移動は再び通勤の扱いになるという例外はあります。また、通勤途中のお店で飲み物や新聞を買うという程度の行為は中断・逸脱に当たらないとされています。

【それでは、万が一の事故の責任は…?】
上述のような「通勤」に該当しない場合は、スタッフの責任で処理・対応をしてもらえば良いのですが、「通勤」に該当する場合、事業所の責任はどうなるのでしょうか?

最近では、「通勤は業務そのものではないが“業務に密接に関連するものであり、業務の一部を構成するもの”として、マイカー・原付通勤の場合、ガソリン代を支給し、駐車場を提供していれば、事業所が積極的にマイカー・原付利用を『容認』している」と解され、事業所の「使用者責任」・「運行供用者責任」が認められています(尚、『容認』には、許可は出していなくても「黙認」している場合も含まれます)。

□ 使用者責任
被用者が使用者の事業の執行につき第三者に加えた損害については、被用者のみならず、その使用者も損害賠償責任を負うというものです。

□ 運行供用者責任
自動車の運転及び走行をコントロールできる立場にある人・自動車の運行から利益を受けている人は、他人がその自動車で起こした事故についても、一定の範囲で損害賠償責任を負うというものです。

但し、実際問題として、これらの責任が事業所に及ぶのは、無免許運転で事故を起こしたり、保険に加入していなかったり、要は、当事者だけでは解決出来ない場合ですので、事業所としては、これらのことを把握・管理しておくことでリスク回避ができるということになるのです。

そのために「通勤規程」を整備し、自動車・原付・自転車等、乗り物利用を認める場合は、免許証の確認十分な補償を備えた任意保険の加入とその更新時期を管理し、更新の都度、保険証写しの提出を義務付けることを徹底すれば、安心して申し出を認めて頂けるかと思います。

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