労務・人材活性化

『最終枠の患者さんを切る』是非を検証する!

経営VOL.152

クライアントのH歯科さんに訪問した際、院長先生より、『最近、午前・午後とも比較的早く終わる日が多いので、受付に確認したところ、あえて予約を入れず、当日のお問い合わせもお断りしているとのことでした。理由を聞くと、“最後の枠に患者さんを入れると時間通りに終わらないですし、いつも、残業しないために業務効率を上げるように院長先生も仰っているので…”と言われました。確かに、診療時間を超えると残業も発生しますし、昼休みも短くなりますので一理あるかも知れませんが、だからと言って、このままでは良くないのではないでしょうか?』というご相談を頂きました。

このように、院長の許可なくアポイントを切る、または予約を入れないという話は、H歯科さんに限らず、少なからずあるようです。勝手に切る理由は、今回のような「間違った指示の受け止め方」の場合もあれば、単純に、「早く帰りたい」・「休憩をしっかり取りたい」という自分本位の考えによる場合と様々ですが…、皆様のクリニックではいかがでしょうか。

確かに、枠一杯に予約を詰め、常時、診療時間をオーバーして診療し、残業や休憩時間短縮をし続けるのは健全な経営とは言えません。しかし、だからと言って、常時、アポイントを切り続けるのも患者さんのためにならないことも確かですので、この機会に、今号にて検証してみたいと思います。

【まず、アポイントを切ることによる『売上減』の確認から!】
アポイントを入れないと患者さんが減りますので、当然、売上は下がります。それでは、幾らぐらい下がるのか考えると、仮に、1ヶ月の診療日数が20日で、1日2人(午前診1人、午後診1人)断ったとすると、単純に単価を1,000点と仮定すれば、2,000点×20日=40,000点、つまり、月40万円のマイナスとなります(年間480万円ものマイナス)。

これは、あくまで単純計算であり、実際は、問い合わせの数により日によっては2人以上断ることもあるでしょうし、中には高い単価の患者さんも相当数いるでしょうから、実際の売上減は、この金額どころではないと想定されます。また、売上が下がったとしても給与額は変わりませんし、他の固定経費も変わりません(患者減により原価が少し下がるぐらいでしょうか)。となれば、利益を圧縮することとなり、そこから捻出する「昇給」や「賞与」の原資が減ってしまうということです。

【次に、患者さんの「利便性」・「信用」を考えてみましょう!】
開業後、年数が経てば経つほど「新患率(患者数に占める新患の割合)」は減少し、再診・再初診率が上がります(当然、例外のクリニックさんもありますが)。これは、新しいお客さんより、馴染みのお客さんが増えたということであり、つまり、今の安定した経営を支えてくれている方々と言えます。

「馴染む」ということは、今のスタイルに馴染んだということであり、これが、今までとは違うスタイルになると、また、それに「馴染む努力」が必要になってしまいます。

これまで診てもらえていた時間に診てもらえない、診療時間が変わったのであればまだしも、その時間帯を予約しようとしても、いつも「ご予約で一杯ですので」と断られ続ける、そうなれば、馴染みであり続ける理由がなくなり、当然、他所のクリニックを探すこととなる、つまり、実際に断った以上の患者さんが離反する可能性があるということなのです。

これも、大切なお話しなのでスタッフさんに伝えるよう依頼しました(馴染みの患者さんに不義理をすると信用を失う)

【最後に、「業務効率化」について考えてみましょう!】
本来、「業務の効率化」とは、現在の業務を見直し「ムリ・ムダ・ムラ」を無くすことであり、必要な業務を削ることではありません。ましてや、本業である診療を意図的に削るなどは本末転倒の話です。そのスタッフさんは患者さんを調整することで時間通りに業務を終わらせ、残業代も発生させないことで「効率化」をしたと本気で思っていたようでしたので、改めて、本来の「業務効率化(業務を見直し、ムリ・ムラ・ムダをなくすこと)」について説明するよう依頼しました。

【結論:「三者一致の原則」に基づいた「真摯さ」が大切】
診療を行う上で必要な概念として「三者一致の原則」というものがあります。三者とは「患者さん」・「医院」・「自分たち」を指し、この三者のうち、どこが犠牲になっても診療は成り立たないという意味です。つまり、患者さんファーストを優先する余り、医院・スタッフが無理な労働をする、医院の売上を優先する余り、高額な自費ばかり勧めて患者さんに無理をさせる、自分たちを優先する余り、休暇や時短ばかり主張し医院や患者さんに迷惑を掛ける…、このような、どこか一角でも犠牲を伴う経営は長続きしないということなのです。

よって、例えば、『患者が多過ぎてスタッフの労働時間が増えて疲弊し、医院は人件費が増えるだけでなくスタッフの離反リスクが高まり、患者さんにはお待たせする時間も増え、院長も疲労から健全な医療を提供できない』等であれば、最後の枠を縮小しても差し支えありません。つまり「三者」に対して真摯に向き合った「結果」であることが大切なのです。

1日だけの数字を見ると、大した金額ではないかも知れませんが、上記のように累積で考えると非常に大きな話であることが分かります。よって、H歯科の院長先生には、まず、スタッフの皆さんに、この事実(アポイントを切る=累積すると非常に大きなマイナスが発生する=自分たちの待遇に影響する)を伝えて頂き、理解を促すようにお願いをしました。

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